スペクトラムニュース
 
犬のアトピー性皮膚炎に対する減感作療法の実際
━減感作療法の最近の動向━
 
 日本の獣医臨床の現場ではなじみの薄い減感作療法が、他国ではどのように認識され、取り組まれているかを、特にアメリカの動向を通して人医の分野と共にみていきたいと思う。
 残念ながら、日本では人医の分野でも減感作療法はあまり発達しているとは言えない。
治療用抗原の開発が遅れているため、その入手さえも不自由な現状であり第一線診療の実施は制限されている。1) もちろんのこと獣医の分野でも同様である。
 減感作療法は、アレルゲンの特定、抗原抽出液の入手、プログラムの作成、維持期間の判断、副作用および飼い主の協力など超えなければならないハードルは多々あるが、その効果およびステロイドからの離脱などのメリットがあり、充分に獣医臨床にも導入していく価値はあるものと思われる。
◆「アレルゲン免疫療法:アレルギー疾患の治療ワクチン」 に関するWHOの見解書 2)
 1997年、ジュネーブのWHO本部で世界のアレルギー学者が集い、今後のアレルギー疾患の治療および諸問題について論議がなされた。その総括として発表された見解書がある。
 そこでは歴史的命名の「アレルゲン抽出液」を「アレルゲンワクチン」に変更することが満場一致で可決された。その根底には、最近ではアレルゲン抽出液が抗原の蛋白も未知の、例えば各家庭で収集したハウスダストなどの粗抽出液ではなく、生物学的単位やアレルゲンのマイクログラムで規格がなされてきているからである。
 それに伴い、減感作療法もアレルゲン免疫療法と命名するようになり、ここでは、以下この呼称を使用することにする。
 また、アレルゲン免疫療法の目的は、ひとつに根治的治療として位置付けられ、「アレルギー疾患の治療は免疫学的および薬理学的治療を組み合わせる。多数の患者は副作用を起こすことなくアレルギー症状から救うことができる。アレルギー疾患の薬理学的治療と免疫学的治療の違いは安全性と有効性のみに限定されていない。薬は対症療法を提供し、アレルゲン回避と免疫療法は疾患の自然経過を修飾する可能性を有する唯一の治療様式である。」と結論づけている。
◆アレルゲン免疫療法◆
 特異的減感作療法はNoon,Friedmannらによって1911年花粉を患者に注射し、その症状が減弱した事からその研究が始まった。
 獣医の分野ではイヌに対しての使用レポートが1940年に初めて報告され、その後アメリカで汎用されるようになったのは1960年代、そしてヨーロッパでは1980年代である。

定義 アレルゲン免疫療法はアレルギー疾患を持っている患者にアレルゲン抽出液の量を漸増しながら症状を減弱するために行う治療法である。
作用機序 完全にその作用機序は明らかにされてはいないが、アレルゲンワクチンの注射によるIgG(blocking antibody)の生成、anergy説およびTh-2からTh-1へのシフト説が現在のところの主流理論である。
◆アレルギー検査会社とアレルギーワクチン製造会社 3)
 現在アメリカでは多くの企業がアレルギー市場に参入しており、人医の分野で検査のみの企業が約25社、ワクチンを供給している企業が6社ありFDAの認可を受けている。
 獣医の分野では検査のみの企業が3社、検査ならびにワクチンを供給している企業が3社ある。また、抗原の供給企業が2社ほどありUSDAの認可を受けている。
◆アレルゲンワクチン◆
 アレルゲン抽出液は動物や植物から適切な溶媒を用いて活性物質を抽出して得られたアレルギー物質と定義されている。また、アレルゲン製品とはアレルゲン抽出物を含む生物学的製品でアレルギー疾患の診断、治療および予防のために生体に投与されるものをいう。
 アメリカとヨーロッパのアレルゲン協会は全てのアレルゲンワクチンはアレルギー的な力価、生物学的活性およびマスユニットにおけるアレルゲン測定の標準化を推奨している。
現在、生物学的測定あるいはin vitro測定を行うかに関わらず単位量決定は各メーカーで任意であり次のような単位が使用されている。W/V(weight per volume),PNU(protein nitrogen unit),AU(allergy unit),BU(bioequivalent unit) or IU(international unit)。 2)
 アメリカにおいてFDAは1991年からBAUを導入しているが、USDAではまだ統一されていない。
 アメリカでは検査用抗原だけでも300種類以上あり、もちろんそれがアレルギーワクチンの製造にも使用されている。 4)
 溶媒はアメリカでは水溶液が使用されているが、ヨーロッパでは主にミョウバン液が使用されている。
◆アレルギーワクチンの混合◆
 効果的な免疫療法のためにはワクチンは主要アレルゲンのみではなく、全ての蛋白活性を含有すべきであるという報告がある。そのため、動物が複数のアレルゲンに対して過敏性を持っている場合にアレルゲンを混合して処方されることがある。その際の問題は二つある。第一に、希釈により十分に個々の蛋白量が得られないこと、第二は、希釈および混合により蛋白の変性が起きることがある。 2)
 花粉、ダニ、ゴキブリおよび真菌は酵素活性がありprotease、sugar-cleaving enzymesを有しており他の抗原の活性を減弱すると言われている。アレルギーワクチンの混合は細心の注意が必要である。 3)5)
◆プロトコールに関して◆
 世界的に標準化されたプロトコールはない。各研究者あるいは各ワクチンメーカーが独自のプロトコールを用意している。
◆効果に関して 5)
 免疫療法の効果を適切に評価することは、なかなか難しい。なぜならば、効果を評価するに際して、動物(年齢や臨床的診断基準)、治癒の評価基準(オーナーに対するフォローアップ、臨床スコアー)、フォローアップの継続そして治療からの脱落に対する認識の有無、などに依存することを考慮しなければならないからである。現在のところ免疫療法の効果は50〜80%と考えられている。T.Willemseは1984年に二重盲検法を通して有効性を評価した。そこで「9か月間の評価が重要で、通常この時期の改善が成功につながる」との見解を出している。
◆副作用に関して◆
 アレルギーワクチンによる重篤な副作用はアナフィラキシーショックであり、最も注意しなければならない問題である。アレルギー免疫療法は初期症状を認識できる熟練が必要であり獣医師の監督下で行われなければならない。
 人医の分野ではアメリカでは1945年から1983年までの死亡例は24件、1985年から1989年まで17人、1995年までに27人という報告がある。他の研究では死亡例は200万回の注射に一例という統計を出している。 6)
 これらの報告は分母が不明であるが、重篤な副作用は比較的まれといえる。
 アメリカのある獣医向け企業の調査によると、全身症状を呈したのはアレルギーワクチンを使用した約300,000頭の動物のうち0.005%で、エピネフィリンなどの処置により回復し、死に至ったケースは無いとの報告がある。 3)
参考文献
1) 石川 哮 内科87-3 2001
2) J.Bousquet,R.Locky HJ.Malling WHO見解書
Japanese Journal of Allergology Vol.47 No.8
3) Spectrum Labs, Inc.社内資料
4) 長屋 宏 アメリカにおけるアレルギー外来 アレルギーの領域 1996.3:76
5) Didier-No・Carlotti World Small Animal Veterinary Association World Congress
Vancouver 2001
6) Raymond G. Salvin & Robert E.Reisman Expert Guide to Allergy and Immunology 1999
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